「王太子殿下、大きな声を出してしまい申し訳ございません!お嬢様が頭痛で倒れられたので――」
「頭痛?ああ、あそこから落ちたのだから頭を強打しているのは知っている。私は学園の理事長だからな、今日は職員の見舞いに来ただけだ。しかし君は仮にも風魔法の教師なのだから、目覚めたらすぐに癒しの魔法を使えばいいのではないか?」 そう言えばそうだ。クラウディア先生が得意な魔法は風魔法で、癒しの魔法もあるはず。 でも中身が私なのでそもそも使い方が分からない。 転生したばかりで混乱している状態で癒しの魔法を使ってもボロが出そうだし、今は止めた方が良さそう。どうにかして切り抜けないと……。「王太子殿下、ご心配には及びません。後ほど癒しの魔法を使いますので私は大丈夫です。お引き取りくださっても構いませんから……っ」
殿下にそう言って一人で立ってみたものの、やっぱり無理かも……立った瞬間に頭がグラっとして目が回り、目の前が暗くなっていく――――
「お嬢様!」
「ロヴェーヌ先生!」2人の声が遠くに聞こえる…………体が地面に倒れ込もうとしたところで誰かが私を受け止めてくれて、事なきを得たようだった。
「…………っ……いたたっ」
思わず声が漏れてしまったけど、倒れた衝撃で頭がガンガンするだけで、体に痛みはなかった。
私を支えている力強い腕、これはセリーヌのものではない。 …………だとすると、殿下?ハッとして見上げるとすぐ近くにシグムント殿下の顔があった。 私は殿下に覆いかぶさるような形で倒れ込んでいて、そんな私を彼は支えてくれていたのだった。すぐに立ち上がろうとすると、むにゅっと何かに胸とお尻を鷲掴みにされている感覚がして、あちこちに目線を移してみる。すると、シグムント殿下の両手が私の胸とお尻をしっかりと掴んで支えている事に気付いてしまう。顔にはどんどん熱が集まってきて、羞恥心でいっぱいになっていく。
これは、どうしたら……。「……大丈夫か?」
「え、あの……殿下…………手が………………」 「手?…………」私の言葉に促されて殿下が自身の両手の行方を見ると、胸やお尻を思い切り触っている事に気付いた殿下は一瞬固まってしまう。そして思い切りその手を振り払い、私から顔を背けるようにして反対の方に向いてしまったのだった。
「す、す、すまない…………そもそも君が早く癒しの魔法をかけないからっ」
触られたのは私のはずなのに私以上に動揺しているのは殿下の方だった。首まで真っ赤にしながら…………あの超堅物で常に無表情の氷のようなシグムント殿下が動揺している……。私は途端に彼が可愛く思えて、クスリと笑ってしまうのだった。
「な、何がおかしいっ!」
「ふ、ふふっ……だって殿下、ワザとじゃないのにそんなに動揺して……あははっ」この世界に来て何がなんだか分からずに混乱していたけれど、シグムント殿下の動揺する姿を見たら、何故だか不思議と気持ちが落ち着いてきてしまった。
殿下が手を取って立たせてくれたので、無性に感謝の気持ちを伝えたくなって「ありがとうございます」とお礼を述べてみる。 するとまたしても照れながら「無礼を働いてしまったからな」とブツブツ言い、私の手を取ったままベッドまで連れて行ってくれたのだった。 犬猿の仲だと思っていた2人だけど、もしかしたら何とか仲良くできそう?「また倒れられても困る。ロヴェーヌ先生には生徒が待っているので、早く復帰してもらわなくてはならない」
殿下にそう言われて、私は再び現実に戻されていった。 そうだった……クラウディアは魔法学園の先生で、回復したら先生として復帰しなくてはならない。まだ魔法もろくに使いこなせないのに――――「そう、ですわね。生徒が待っていますものね、早く回復するように頑張ります」
ひとまず笑顔でそう答えておこう。なんだか口調まで補正がかかっているのか、普段は使わないお嬢様口調になってしまっているのが気になるけども。 殿下は目を合わせてはくれなかったけれど、ベッドの掛け布団を優しくかけてくれる。 「今日はもう帰る。まずはゆっくり休むんだ、体力が回復するまでは休むといい」 ぶっきらぼうに、でも気遣う言葉を残して去っていったのだった。 さすがに病人には優しいのかな? ゲーム内の2人を知っているだけに思いの外シグムント殿下に優しくしてもらえた私はホッとして、セリーヌにも「もう少しお休みくださいませ」と釘をさされたので、ちょっとだけ眠る事にした。 さっきは殿下に恥ずかしい部分を触られたけれど、転生したばかりだからか、いまいち自分の体という自覚がなくて……その現実味の無さが余計に転生してしまったんだと感じさせてくる。 この頭痛も癒しの魔法を使えば早いのだろうけど、まだやり方が分からないし、とにかく色々なことが突然過ぎて精神的な疲れがあるから眠くてたまらない。 スポーツで疲れた時もとにかく寝るのが一番だものね。 そう言い聞かせてふかふかの布団の中に潜り込んでいくと、あっという間に深い眠りに落ちていったのだった。「う――ん、素晴らしい」 この世界で目覚めてから10日ほど経って、その間健康的な食事と運動(主にジョギングと筋トレ)をしながら魔法を試したり、使いこなせるようにしたりと色々頑張った結果、美しい筋肉の筋が見えるようになってきて、自分の腕を見ながら感動していた。 やっぱり食事と運動って大事よね。 転生前の世界で運動部だった私は、その辺の知識を生かして筋肉が全然ついていないクラウディア先生の肉体改造に踏み切ったのだった。 クラウディア先生の体はとても女性的で魅力的だけれど、私には少し動きにくい。 胸も大きいので布を巻いてあまり揺れないように固定してみた。 この状態で運動してみたところ、とっても動きやすい! 学校の先生って肉体労働も多いだろうから、この状態で出勤しよう、そうしよう。このスタイルなら変に周りを誘惑する事もない……と思うし、あの堅物の王太子殿下も話しやすくなるんじゃないかな、なんて。 これから色々とお世話になりそうだから、悪印象は避けたいものね。 クラウディア先生は公爵家の令嬢でもあるから女性的なのは素敵な事なのだろうけど、その魅惑のボディで男性を誘惑していくキャラクターなものだから、殿下にはふしだら認定されている。 先生自体は全く男性と遊んでいた記憶もないし、勝手に言い寄られていただけなのに傍から見たら誘惑しているように見えるのね。 彼女自身も高慢な性格を演じていた事も相まって、男性がクラウディア先生につかまっているような構図が出来上がってしまっていた。 婚約者がいないのは好都合だけれど、皆に嫌われるのは避けたい。 何より何も悪くないクラウディア先生がなぜ孤独にならなければならないのか、釈然としないもの。 自分の中では極力周りを誘惑しないように服装に万全を期して出勤の準備を済ませ、馬車に乗り込んで魔法学園に向かったのだった。 魔法学園に出勤する時のクラウディア先生の服装は、丈の長いローブを腰の位置に太めのベルトで締め、ドレス状にして着こなしていた。 セリーヌに「いつものように胸元を開けますか?」と聞かれ、胸に布を巻いているし肌を見せるのは落ち着かないから、襟はハイカット。首元にはレースのクラヴァットをあしらうカッコいい装いにしてもらったのだった。 「お嬢様、今日の装いは一段と素敵です~~!」 セリーヌが服装を
セリーヌに言われて眠ったはずなのに、なぜか私はクラウディア先生の後ろにいて、彼女は学園での服を着て学園内を歩いている。 何度もプレイしたゲームなので、ここがドロテア魔法学園の校舎内である事はすぐに分かった。 どこに向かっているのだろう…………廊下を歩いていると生徒たちが声をかけてきて、クラウディア先生も楽しそうに言葉を返していた。 「先生、次の授業は何を教えてくれるの?」 「クラウディア先生、この魔法のコツを教えて」 その様子を後ろから見守るような形になっていた。幽体離脱というより、夢で彼女の記憶を見ているって事かな? もちろん生徒たちには私の姿は見えていないようだ。 生徒達との会話が終わり、広い校舎内を一人歩いていくクラウディア先生の後をついていくと、エントランスホールに下りる大きな階段にさしかかった。 クラウディア先生は普通に下りようとしていたのだけど、突然時が止まったかのように彼女が動かなくなる。 どういう事?これは魔法なの? 今の私は幽体みたいな状態だからなのか、私自身は自由に動く事が出来ているわ。 クラウディア先生の前に行って先生を起こそうとしてみたものの、透けてしまって触る事も出来なかった。 そりゃそうよね……記憶を見ているのかもしれないし、もしこれが過去の出来事なら私がどうこう出来るわけがない。 じゃあ、この後ってどうなるんだろう。 確か私が目覚めた時にセリーヌや殿下が階段から落ちてって言ってたような……するとクラウディア先生の後ろからノイズのような性別が分からない声が聞こえてきたのだった。 「さようなら、クラウディア先生」 その声とともに時間が動き出し、誰かに背中を押されたクラウディア先生は階段を一直線に滑り落ちていったのだった―――― 『クラウディア先生!』 もちろん私の声など届くわけはないんだけど、先生の元に駆けつける前に突き落とした犯人の方を振り返ると、影のようになっていてよく見えない。 誰なの?誰が先生を――――――絶対に見つけてみせる――――! そう決意したところでゆっくりと目が覚めて、今いる世界に意識が戻っていく。 「…………夢……」 目覚めると酷い汗をかいていて、ネグリジェのようなドレスも汗で湿っていた。
目の前にシグムントがいる。 あのゲームでは一番人気で能力もずば抜けて高いチートキャラクター。 全ての魔法が得意なのに加えて、光の魔法が使えるただ一人の人物。 でも私がクラウディア先生なのだとしたら、2人は幼馴染でありながら犬猿の仲だったはずよ。どうしてシグムント殿下がクラウディア先生の邸に? 彼は極度の堅物で、クラウディア先生のようなふしだら(に見える)女性は嫌悪の対象なので、二人は顔を合わせれば嫌味の押収だった。 今一番会いたくなかったな……中身はクラウディア先生じゃないのに、いつも嫌味を言ってくるシグムント殿下にどうやって立ち向かえばいいの?! クラウディア先生なら負けじと言い返す事が出来るのだろうけど……私がそんな事を悶々と考えているとセリーヌが彼に挨拶をし始める。 「王太子殿下、大きな声を出してしまい申し訳ございません!お嬢様が頭痛で倒れられたので――」 「頭痛?ああ、あそこから落ちたのだから頭を強打しているのは知っている。私は学園の理事長だからな、今日は職員の見舞いに来ただけだ。しかし君は仮にも風魔法の教師なのだから、目覚めたらすぐに癒しの魔法を使えばいいのではないか?」 そう言えばそうだ。クラウディア先生が得意な魔法は風魔法で、癒しの魔法もあるはず。 でも中身が私なのでそもそも使い方が分からない。 転生したばかりで混乱している状態で癒しの魔法を使ってもボロが出そうだし、今は止めた方が良さそう。どうにかして切り抜けないと……。 「王太子殿下、ご心配には及びません。後ほど癒しの魔法を使いますので私は大丈夫です。お引き取りくださっても構いませんから……っ」 殿下にそう言って一人で立ってみたものの、やっぱり無理かも……立った瞬間に頭がグラっとして目が回り、目の前が暗くなっていく―――― 「お嬢様!」 「ロヴェーヌ先生!」 2人の声が遠くに聞こえる…………体が地面に倒れ込もうとしたところで誰かが私を受け止めてくれて、事なきを得たようだった。 「…………っ……いたたっ」 思わず声が漏れてしまったけど、倒れた衝撃で頭がガンガンするだけで、体に痛みはなかった。 私を支えている力強い腕、これはセリーヌのものではない。 …………だとすると、殿下?ハッとして
――ズキン――ズキン――――――頭が割れるように痛い―――――― ――どうしてこんなに痛いの―― ――こんなところで寝ている場合ではないのに―― ――だって今日は―――――― だんだんと意識が暗闇から光のある方へのぼっていく。 その間も頭痛が止むことはなく、この痛みが夢か現実か分からずに、とにかくこの痛みから解放されたいと願っていると、目の前にパアァァと光が広がってハッと目を見開いた。 そこには、今までの人生で見たことのない景色が広がっていたのだった。 「え……何?この部屋……………………」 目が覚めて最初に飛び込んできた景色は、よくあるおとぎ話に出てくるお姫様のような部屋だった。 さっきまでうなされていたのか、額には汗が滲んでいる。 「ここは日本、じゃない……?」 ベッドに寝ながら呟いたひと言は、静まり返っている部屋に虚しく響いただけだった。 私は大学でバレーボール部に所属していて、今日は春季リーグがある大事な日。 そして、そんな日に限って寝坊したものだから、焦りながら走って試合会場へ向かったはず……会場近くの横断歩道を渡れば着くと思ったところでトラックが………………こちらに向かってきたところまでは覚えている。 その後は? まさか私、あのトラックにはねられて……? 「うそ…………そんなの信じない…………」 背が高い事がコンプレックスで、何か自分に自信をつけたいとバレーボールを始めた。 そしてそのバレーボールで強豪の大学に入る事が出来、レギュラーにもなれて優勝目指して頑張っていたのに……練習を頑張り過ぎて寝坊してしまうなんて。 何が現実で何が夢なのか、訳が分からないのでひとまず体を起こしてみる。 ――――ズキーンッ―――― 起き上がった瞬間に頭が異常なほど痛みだし、ズキズキするので布団の上でうずくまってしまう。 痛すぎる――――もし死んだとしてもどうして頭が痛むの?死後の世界なら痛みなんてないハズじゃ―――― そこまで考えて、ふと違う考えが私の頭を過ぎっていった。 ここは死後の世界じゃないかもしれない……布団は妙にリアルだし、周りの景色もリアルな感じがするのよね。頭は痛むけれど、ここがどこ